2008年11月21日

種をまくのが情操教育

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msn産経ニュース
校閲部長・清湖口敏 種をまくのが情操教育
2008.9.14 02:49
http://sankei.jp.msn.com/life/education/
080914/edc0809140249001-n1.htm


学校で古語古典といえば、さっぱりわからず意味不明でした。今は逆に古典文学よりも、つまり古語をして表現される文章から現代語的感情を読み取るような翻訳読みよりも、古語そのものを古語そのままに使われる音感や節が楽しいですね。美しいは美し(うまし)。まかりとおる、たわわにみのる、いらか、まほろば、かむいやしろち(神社)、オホカムノミヤ(大神宮)、スメラミコト(天皇)。

日本の文化の元はすべて中華から伝来などといわれますが、私はどうにも信じられません。日本本来の古語古書古文は無いものとして滅せられ封じられている向きもあるように感じるのです。漢字に音読み訓読みのある理由もそのせいだと考えます。古事記、日本書紀など、日本本来の文字と発音へ、漢字による当て字をしただけの集合文に見えるのです。本来の意味がうやむやになり、発音もままならないような漢字の当て字読みなど、さっさと捨てて欲しいと思っています。

だいたい、中華にしても、西洋や中央アジアからの文化が混じったものが多々あるように思えます。NHKのシルクロードもみましたが、仏像ひとつにしても、西洋からに東洋の果てたる日本まで、連綿としたつながりがあるように感じるのです。

誰が偉いとか、誰が発明したとかいうことは、大きなつながり、長い時間をかけて続いてきた小さな努力の積み重ねの上に成り立っているものです。電球1つでもエジソンは知識を広く探求して作り上げたのであって、材料を根本から発明し、電気が通って光る竹を作ったのではなくて、炭化した竹に電気を通したら光るという知識を他の電気の知識を組み合わせただけで、発明というより、今までにない組み合わせの発見に過ぎないはずです。

本来の発明の根源は全て大自然にあります。大自然の仕組みと、それを選んで組み合わせ抽出する力は人の不思議力、神力(カムチカラ)です。ですがそれらは大自然なくして一切の成就はかないません。大自然との調和があってこその文化文明です。少々の間違いや失敗ですぐに大自然がどうこうなるようなことはありません。失敗したと気づいたのなら訂正すればいいのです。しかしそれ故に人同士が諍いを起こしていては意味がありません。双方それぞれに正しいと思うことを見つけ、成就すればいいのです。諍いせずに、真逆の正解が1つの場に存在するようにしてこそ、右と左、上と下、火と水という相反するものが結び合わさるカミムスビのウブスナのチカラの発動にして、奇跡を呼ぶのです。もちろん邪念の妨害は意識して排除しなければなりません。正邪を見分けるス直な心は、一切万物に感謝し、他人の幸せを願うス直な心に宿ると思います。

自動車の発明も奇跡、文明の発展も奇跡、連綿たる生命のつながりも奇跡なのです。

私たちは大自然の力を使わせてもらっているだけという謙虚な心構えを、私は忘れたくないと願っています。

2008年11月11日

あっ!11月11日だ!

今になって気がついたのですが、平成20年11月11日ですね。しかも西暦2008年。

この11は 十一 で 統一 という意味があります。十一面観音様ですね。

二十 は ヒフミ の フ で ミ の一つ前と 十 は縦と横で、火と水で 火水 と書いて カ ミ と読みます。つまり平らかに成る2番目の神様の歳、統一の月の統一の日に、なんとタモカミ様が国会で日本の憲法を改正せよと、田母神さんという人物を通じて私たちに知らしめたのではないでしょうか。これは日本国における憲法の意味するところのように、日本人一人一人がその精神的根本を新目よとおっしゃられたということではないでしょうか。

これは大変なことですよ。

タモカミの意味を考えたら、田んぼの母の神様ですから、食べ物の神様、ということは伊勢の外(トツ)宮の豊受の神様でしょう。その神様からの御使者として田母神さんが国会に来たのかもしれませんよ。しかも モ は 母 の字になってますから女性を表すので、内宮の天照大神様のお使いであることも表しているのかもしれません。

これは私達の決めた地位順番や法律、イデオロギーを飛び越えたレベルで、国会で交わされた言葉を聴かないといけません。眼に見えるだけの事柄で判断しては良くないと思います。

そして、そして、・・・・・!

※注意 このエントリーはフィクションです。(笑)


2008年11月09日

第六十回正倉院展へ行ってきた(おまけ)

奈良国立博物館で買ったおみやげです。

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パソコンや携帯の掃除に便利なマルチクリーナー。洗顔クリーナーとしても使えるそうですよ。でも強くこすらないでと書いてあります。

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子供達に消しゴム。

2008年11月07日

第六十回正倉院展へ行ってきた(3)

中国古代青銅器もおもしろいです。なんだかマヤ文明の模様のようなものが入った青銅器がありました。ああいった紋様は本来は文字だったのですが、それが時代や他の文明の間を伝わるうちに、大まかな形だけを残す飾り模様となっていったのではないでしょうか。初めはゴツゴツしていた外観も、だんだんと滑らかさを持った外観へ変わっていくのも面白かったですね。

それと奈良博物館という建物にも興味がわきました。木の床に、重厚な造りの展示室出入口の木戸。天井の装飾も西洋風で明治か大正時代の洋館風でしょうか。

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博物館のパンフレット

中国大陸においても何千年に渡って様々な国の興亡があったであろうことは想像に難くありません。そして戦争が起き、負けた国の歴史も文明の証拠も、新しい支配国の都合のいいように改変され、取り入れられていったことでしょう。その点、日本はずいぶんと残っているのではないかと思うのです。中国に限らない、遠く西洋からも伝わった華やかな異国の文明をまとってはいますが、今の中国とはまったく異質な、日本に連綿と続いてきた独自の文明を感じ、見ることができるのです。縄文人と弥生人とでもいいましょうか。仏教美術や仏教様式の建築だけが大きく幅を利かして残っているからといって、その以前に文明がなかったというのは現実的でないと思います。

奈良の大仏も思想や理屈は大陸のそれを取り入れていますが、それだけで神社や先祖伝来の信仰は説明できません。なにより万世一系を貫き、神話にその基を置き、人類の安寧と発展を神に祈る大祭主としての天皇陛下を戴いている日本。この独自性をいまなお維持している国は日本以外にないと聞き及びます。

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この写真は万博公園横にある国立民俗学博物館に展示されている中国で使われている護符です。このように中国の奥地で信仰を残しているところもありますが、それらの村の若者も中国共産党政府の警察や軍人にあこがれて入隊し、また北京によって決められた教育などによって、その村の神様とその信仰が失われていきつつあるといいます。その村の過去に実在して、その村に生きた人物の口伝えの話よりも、村の名前を憶えてもいない上に来た事もない北京政府の要人のことばかりを教える学校。ひとつの国にひとつの教えと人物信仰だけが正しいとする人間ばかりを育てては、文明の発展につながる多様性の基礎が失われてしまいます。

このことは日本も同様と思います。町や村、地域、そして最小の社会性の単位としての家族。その家族の集合体としての国家観を確立することこそ、それに即した教育へとそのあり方を変えていってこそ、これからの社会の発展に貢献できると考えます。神仏や祖霊への信仰がその大きな手助けになることも間違いありません。生きる智慧が仏典や神道の教義にはしっかりと伝えられているのです。

その村や町にあった信仰には、その村とその地域で生きて成長していく上において欠かせないものを含んでいます。文明や文化の多様性を認めるという以上、中央政府の一方的な画一教育で否定して消してしまうのではなく、むしろその地域の特質や信仰、習慣と溶け合い、そこに含まれる無駄や迷信を排除し、その真髄を洗い出し、発展の基礎とするのが社会の交わりというものでしょう。もちろんそこには中央政府と農村だからと上下関係があるはずもなく、立場は同等です。そうすることで、中央の家族や地域の集合体たる国家としての信仰や真髄が、洗われて顕れて現れ出でて、発展と繁栄の平和を実現でき、人間同士の集まりの中で人がより良く鍛錬されていくと考えるのです。

シルクロードと海を渡り、はるばると日本にやってきた小さく精巧な品々。そこに織り込まれた千数百年もの時代の気配は、そこの生きた人々の歴史と文明を圧縮して映りこみ、私の乏しい知識を刺激して呼び起こしてかき集め、あらん限りの想像と再現を成し遂げようとしていました。

また来年も、宝物に出会える楽しみを味わえることを願って、日常に戻ることにしましょう。

ありがとうございました。


奈良国立博物館のグーグルストリートビュー

2008年11月06日

第六十回正倉院展へ行ってきた(2)

それにしても場内はすごい人です。入場してすぐに音声ガイド装置の有料貸し出しがありましたが、今回は目録も買ったので、すぐに展示場へ向かいます。人数が多いので、案内係の女性が空いているところから見て回ってくださいと皆に声をかけていました。順路と書いてあるとつい順番に見なきゃいけないかと思いますものね。

インターネットではこちらの YOMIURI ONLINE (注!音が出ます) で今回の展示物が映像配信されています。写真とはいえ、インターネットの実力発揮という所でしょう。

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全浅香

というわけで、入り口付近の混雑する古文書を跳び越すと、全浅香(ぜんせんこう)に牙牌(げはい)がすぐの所にありました。この全浅香を見て思い出したのが何年か前に見たNHK大河ドラマの信長。緒方直人主演のやつです。この全浅香のことかどうかは憶えていませんが、天皇から香木の一部を分けてもらうことで、天下布武の政策に使ったという話を思い出します。

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平螺鈿背八角鏡(へいらでんはいのはっかくきょう)

そしてきれいな装飾の施された八角鏡、漆塗りのその八角鏡入れと箱。ボロボロになった中の布は擦り切れたというより風化したという方がしっくりきますね。

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白瑠璃碗(はくるりのわん)

白瑠璃碗(はくるりのわん)を楽しみにしていたのですが、砂で風化して不透明になり、形の崩れたお碗の展示しか見れなかったのでちょっと残念です。

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紫檀木画双六局(したんもくがのすごろくきょく)はきれいな模様でおもしろそうです。なんといってもゲームをするものですから、どんなゲームなのか興味がわきました。基本的にバックギャモンと同じ遊び方と解説にありますが、私はバックギャモンを知らないので「ギャフン」でしたね。この宝物のデザインをあしらったクリーニングクロスをミュージアムショップでお土産に買いました。

漆挾軾(うるしのきょうしょく)を見たときは、まったく色褪せも朽ちることもほとんどない漆塗りの凄さに感心しました。

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大荘厳論 巻第四(隋経)

北倉162 延暦六年六月二十六日曝凉使解  1巻

経典の写本や目録の文字の綺麗さにも驚きます。とても見やすい。でも、なぜ見やすいのかと不思議に思いました。それは私の教えられた文字の勉強のお手本がこれだったと言うことだとでしょう。だから見やすいのです。つまり、私たちの文字に近いからというのではなく、この正倉院に保管された書物の文字をお手本にして文字を教えてもらったから、何百年も前の文字が見やすいのではないのでしょうか。

そして写経を見て、宗教や信仰を忘れることもしてはいけないとも思いました。今は人物信仰、物質解明科学信仰が主体ですけれども、見えないチカラはまだまだ世界中を満たしているのですから、わからないもの、見えないものの存在を否定する信仰には陥りたくないのです。自分の信仰が一番偉いものだと思い上がり、さらには他人の信仰を利用して自分の地位向上や権威付けを図る輩の信仰などは叩き潰したいものです。

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さて、残りの見学の感想に戻りますと、次は「厨子」。思ったより面白くないですね。ただの木の箱なんです。展示物保護のため照明が暗くて、厨子の中が良く見えませんでした。

刻彫尺八(こくちょうのしゃくはち)

長い笛。43.7cmもあるそうです。これを吹いて楽曲を奏でたのでしょうか。

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犀角魚形(さいかくのうおがた)

刺繍や布飾り、紐飾り、水精玉、瑪瑙玉。鳥や魚を象った装飾品はとても小さいものでした。皆さん展示ケースに顔をこすり付けるようにして見ています。写真だけじゃあ、大きさはわからんものですねぇ。


方形天蓋(ほうけいてんがい)

天蓋の骨や天蓋は、まー、どうでもいいです。布がボロボロな上に染みが多くて、なんだかイマイチ。

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金銅の幡はすごいですね! 迫力です! もうひとつの布製のも柄がわかりますし、色もなんとなくわかるから同じように迫力あります。すごい。

佐波理という金属製の杯やしゃもじ、貝殻の匙、包丁。見事なものです。貝殻の匙は写真で想像したより大きなものでした。

椰子の実。人面なのがなんか笑えます。

テンのミイラ。なんでこんなものが?

古文書は、文字の大きさや筆遣いが綺麗にピシリと揃っています。何回も書き直すこともあったのではないでしょうか。目録の113ページから写経生の話が載っていて、仮病を使って仕事をサボるわけですが、年代が進むにつれて管理が厳しくなっていくことも書いてありました。いつの時代もきびしいですねぇ。仕事というものはいつの時代も大変なのでしょうか。

そして、一般展示のほうへ。こちらは日本の仏像ばかりでちょっと退屈です。でもガンダーラ風の石仏はおもしろかったですね。長い歴史の中で、新しい勢力が古い勢力の文化や文明を破壊し、新しい年や文明が造り出された。そういったことが繰り返されてきた事実を感じられそうです。アジア大陸の大きな砂漠。砂に埋もれ砂と化した文明もいくつあったことかと思います。

ここに書ききれないぐらいのことはまだまだあります。よろしければ奈良国立博物館のホームページへどうぞ。

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(つづく)

第六十回正倉院展へ行ってきた(1)

この前の11月3日の日曜日、文化の日。奈良国立博物館の第六十回正倉院展へ行ってきました。二年ほど前から行きたいと思っていたのですが、開催期間が短いこともあってなかなか都合がつきませんでしたが、今回はうまく時間をとることができました。まあ、三男も少し大きくなってきて、昼間の数時間なら長男に子守を任せられるようになったことが大きいですね。

第六十回正倉院展

やはり気分が高揚します。なにしろシルクロードの終点とも言われる所以ですからね。西の果てから東の果てまで続く世界の文明をつなぐ糸。宝物を直に自分の眼で見ることでその糸を感じることができるようで、幾星霜もの年月の中に紡がれた数多の人々の活動を感じられるようで、期待が膨らみます。

正倉院はもともとは東大寺の倉庫だったもので、天平時代の仏教文化の宝物や、聖武天皇ゆかりの海外からの珍しい品々が何千とあり、毎年の正倉院展でその内の数十点を見ることができるわけです。まあ、この辺は他のガイドブックや書ものほうがわかりやすいので、そちらをご覧ください。手っ取り早いのはウィキペディアですね。

http://ja.wikipedia.org/
wiki/%E6%AD%A3%E5%80%89%E9%99%A2

さて、家を出てから約1時間ほどで近鉄奈良駅に到着。改札を出たところで前売りの割引券を売っているので早速と購入。案内板には博物館まで歩いて15分とあります。日ごろの運動不足解消にはもってこいですね。奈良公園内に向かう道路は車が数珠繋ぎです。幅広な歩道もあるので歩きにくくはないですが、人出もかなり多いですね。昨日の人出が凄かったと新聞にありましたし、今日は雨が降りそうな天気でもあるので、もしかしたら空いてるかもと思っていましたが、やっぱり私の考えが甘いようです。

そして博物館に到着して早速と入場の列に並びましたが、入場までの時間を書いた看板はこんな状態。前売りを誰かに渡して帰ろうかと一瞬考えましたが、そうなるともう来年まで無理でしょう。そしてこれぐらいで引っ込んでいては、その来年も無理ですね。覚悟して並ぶこととしました。

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この看板を少し進んだところで今回の正倉院展の出品目録を販売していたので、これも購入です。いやー、財布の軽くなるスピードが速いですねぇっ!

並んでいる間に目録に眼を通しました。ページをめくる前はこんなにたくさんの宝物があると思っていたのですが、一通り眼を通すと、今回眼にできる宝物は長い歴史の中の、天平の時代というほんの一部のさらに小さな部分であり、それは針の先よりもさらに細く小さな点であるという事実にちょっと驚きを感じます。そう、蜘蛛の糸よりも細く、空気中に漂う眼に見えない微粒子よりもまだ小さい「点」を、宝物は示すのです。

何十億という物品がシルクロードを行き交ったことは想像に難くありません。現に今この瞬間にも行き交う人々や動物や物資が存在しています。その中での千何百年も前の極微少の、ほんの小さな一つ一つのいくつかをこれから自分は見る。それでいったい何が自分にわかるのか、乏しい知識の私の頭脳がどのような想像をしようとも、どれだけの思考を積もうとも、それは宝物の過ごして来た歴史という時代の事実をかすりもしないだろうという現実。ちょっとさびしい想いが沸いてきました。

でもまあ、わからないことを悩んでいても何もわからないのですから、そんな悩みに意味はありません。時間がもったいないので目録にひたすら眼を通していましたら入場となりました。60分と看板にありましたが、30分と少しで入場できました。

(つづく)

2008年09月17日

リーマン破産申請で思うこと

リーマン破綻に北朝鮮、それから国籍不明潜水艦の豊後水道付近での領海侵犯。国際的な経済のゴタゴタと首相の再度の電撃辞任表明で総裁選が入り、日本の軍事系統はどんなようすかと某国が探りを入れに来たのではないかということです。自衛隊がしっかりと対応してくれているので、今回は一安心というところでしょうか。

それにしても潜水艦といえば軍事ですから、嫌な感じですねぇ。軍事オプションが発動されると、一番弱いところから攻められて、そこに被害が出ますからねぇ。今の日本はミサイルを数発撃ち込まれてたくさんの国民に被害が出ないと軍事オプションに訴えられないようですから。もっとも憲法はそれすらも拒否するみたいですけど。

私が素人なりに理解しているアメリカのサブプライムへの対策については、腐った部分を早く切り離すのが目的のようで、傷口を最小限に抑え、再生に力を注ぐということでしょうか。だからリーマンの処理はむしろ痛みを最小限に抑える目的があるようです。日本のバブル処理の時の日本政府の対応は傷口を広げてしまい、しなくても済むはずだった出血までしたようで、出来るだけ痛みを少なくしようとして逆に腐るところが増え、痛みが減るどころかそのまま長引いて広がって行ったようです。

ともあれ不安好きのマスメディアは、アメリカの対策を悪し様に見せようとするので、日本国内のニュースで踊らないように気をつけないといけませんね。でも株価の下げはまだとまらないようです。アメリカ国内で破たん処理される証券会社もまだこれから出るということですけれども。

切り離すべき所は切り離し、潰すべきところは潰す。非情には見えますが、この物理界で生きるということはそういう面を持つことも事実です。そうしてこそ傷の治りも再生も早く済み、痛みも少なくて済むというのかも知れません。そうすれば再就職が少しでも早くなるのでしょう。

潜水艦の侵犯事件もありますし、今はアメリカや自民党総裁選に偏らず、周辺の諸国の動静にも注意を向ける必要があるときと感じます。

将来は事前の研究やサンプルによって、このような事態を避けることのできる文明に人類が進み行く時間が少しでも早くなって欲しいものですね。



霞が関埋蔵金男が明かす「お国の経済」

2008年08月07日

今日の気分

立秋ですね。

冬に吹き分け吹き寄せ(=フ)られて、不要部は大地へ返り消ゆる(=ユ)時期を耐え忍んで新たな息吹のチカラを磨き、新たになった芽は春で開いて(=ハ)吹き出で(=ル)て、夏で天から生り成り為るキ(=ナ)を詰めて(=ツ)もらって、新たな鍛えの冬に備えて実りなった地の蔵の戸を開けて(=開き=秋)いただき、冬に備える。

そう、今年の反省と来年への希望に思いを馳せ、かつまた今、神様に生きていることを感謝し、地の蔵の恵みも感謝を奉納し、その地の恵みの実は食して肉身の血と為らせていただく。霊、心=想念、肉に感謝と精気を大いに溜める時期が秋ですね。勉強の秋、スポーツの秋の所以でしょうか。

さて、というわけで血沸き肉踊るような歌に反応してしまいました。これもまた秋(=開き)ですね。 Free Your Mind で行こうと思います。

2008年07月19日

夏休み前のまとめ

さてさて、ちょびっと最近の出来事をまとめてみましょうか。

頑固できかんぼうの福田総理のおかげで、すっかりやる気のなえてるような日本政府。夏休みというせいもあるでしょうね。何もしなければ何も起こらないという破綻論理を信奉する総理大臣のおかげは素晴らしいですね。でも、世界はお構いなしに動いていきますから、気がついたら食い物もカネも盗まれてなくなってたなんて事の無いことを祈ってます。

自分の家や食べ物をしまう倉庫、食べ物を育てる農地や牧場を侵略から守ることは、人が死ぬからダメという、エセ左翼の論理に騙されないようにしましょう。守らなければ、私たちも私たちの子どもたちも友達もみんな死にます。エセ左翼の目的は日本の国家転覆で、北朝鮮独裁軍事国家と中華共産党軍に利益をもたらすことです。だから日本の軍事にも反対しますね。9条守ろうとか言って、原子力空母が日本に来るのも嫌がるのはそのせいですね。

で、一等気が重くなって、何も考えられなくなりそうになったのが、自民党の加藤紘一氏の、北朝鮮の繁栄のためなら拉致された日本国民を譲り渡すのが当然だ発言。国民を脅かす犯罪を公認してどうするつもりでしょうか。しかも軍事オプションを行使して日本国国民の生命を危険にさらし、日本国の主権を侵害した北朝鮮をなんで援助しなきゃいけないんですか? いやぁ、対談相手が西川のりお師匠だったから、舐めたこと考えての本心暴露でしょうか? もう議員生命終わりですね。日本国の国会議員じゃありませんね。

20080707 北朝鮮拉致に対する加藤紘一の発言
http://jp.youtube.com/watch?v=Xds6B9bufQ4

加藤氏「拉致被害者を北朝鮮に返すべきだった」発言 家族会・救う会が抗議声明
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/
politics/diplomacy/159844/

アメリカ国は原油高とサブプライムがらみで揺れてますねー。台湾への武器支援も反故、日本の拉致被害者は「見捨てない」けど、北朝鮮へのテロ国家指定は解除するそうです。まー、ここら辺はアメリカの問題だから、どうでもいいです。それより日本内部の方向性を決める方が重要でしょう。でも、福田総理は事も無し主義ですけど。

竹島? あー、ちょうど国民感情のガス抜きになって、リ・アキヒロ大統領も喜んでるんじゃないでしょうかね。日本も竹島は日本の領土だとアメリカで広告打とうよ。陛下のお写真を燃やすような韓国なんか、もうどうなってもいいよ。国交断絶してもいいんじゃない? 雉を生で食いたいなら勝手に食ってろって感じぃー。

外務省 竹島問題
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/takeshima/

さて、お盆で戻られたご先祖様は、私たちや子供たちの様子を見て、あの世での仕事の合間、ひと時の糧を得て、楽しまれておられます。私たちがあの世のご先祖様を直接お手伝いできることなど何一つありませんが、これからも日本が世界の貢献できるよう日々の仕事をこなし、子どもを育てることこそ繁栄の第一歩です。それこそが何よりもご先祖様への報恩になると思います。日々、生きている、生かされていることを感謝するのみでしょうかねー。今日もありがとうございますってね。


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2008年07月04日

コロンビア政府の人質救出

AFP BBNews
コロンビア政府、ベタンクール氏らFARCの人質15人を救出
http://www.afpbb.com/article/war-unrest/2413088/3098054

なんとうらやましい。日本人は拉致されても日本国政府は何もしないというのに。

日本国憲法は、戦争とその軍備を持たないことを宣誓している。そして、同時に日本国国民が平和の内に、その個々の人権を保証されることも宣言している。

では日本国政府は、北朝鮮に拉致された日本国国民に対して日本国憲法に則った日本国国民としての人権を保障すべく行動しただろうか?

私は「否」としか結論できない話ばかりを聞く。

曰く、拉致事件を捜査すれば北朝鮮との国交が阻害される。
曰く、表立った動きを察知されてミサイルを打ち込まれたらどうする。
曰く、北朝鮮が認めるまで政府は拉致を否定していた。
曰く、拉致よりひどい戦時中の慰安婦問題を先に解決するため先に朝鮮に謝罪すべきだ。
曰く、拉致に厳しい安部元首相は「山崎拓氏は百害あって利権あり」と言った。
曰く、拉致された日本人は自分の意志で北朝鮮に住んでいるから拉致事件は終わった。

とにかく、アメリカへ影響の出ない限り、日本は何をされてもいいようである。

アメリカやコロンビアだけではない、自国民を拉致されて助けにいかない先進独立国などどこにもない。日本はアメリカの世界戦略と軍事力を背景とした擬似独立国として、ただ世界に甘えることをおおめに見てもらっていただけだ。

しかし、イラク戦争、サブプライム問題に見られるように、アメリカの国力衰退が現実になりつつある現在、日本は自分の身は自分で守るという世界の常識を実行する必要はまだ無いと言えるのだろうか。国際貿易に関わる方々は日本政府の対応に不安を持つ人が多いと聞く。

武力を否定するようでは生きることもままならないのは世界の常識なのだ。
例えば、フランス外務省の次のようなニュースがある。

msn産経ニュース
仏外務省に「危機センター」開設 海外の人質事件多発で
2008.7.3 19:51
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080703
/crm0807031950040-n1.htm

フランス外務省の「危機センター」が2日、開設された。海外でフランス人らが巻き込まれる人質事件などが多発傾向にある中、国内外の関係機関と「迅速かつ効果的」(クシュネル外相)に連絡を取り合い、救援を行う。センターは24時間体制で約50人が交代で勤務。緊急の場合、首相府や国防・警察、在外の仏大使館・領事館だけでなく、人道団体や仏企業とも連絡を取り、情報交換や分析、救援策の検討などを行う。同センターは「国境なき医師団」の共同創設者であるクシュネル外相が、国境はもとより官民や省の垣根を越えた危機対策拠点の設置を提唱、約1年の準備期間をかけて開設された。(パリ 山口昌子)

     *

軍備を否定する左翼は共産主義に利用され、武力を封じられた日本国は現実として共産主義軍事国家の言いなりであり、そんな国と協力的な日本国国会議員は軍事国家から還元される甘い汁が吸えるわけだ。甘い汁といっても、元は私たちの税金である。

アメリカの新大統領が決まったとき、日本はどの方向に向かうだろうか。その準備を政府は進めているだろうか。

そんなことを考えるようになってきたのは、私がオヤヂになってきたという証しのような気がするこの頃である。

2008年05月26日

地球温暖化


不都合な真実 スペシャル・コレクターズ・エディション


二酸化炭素説の根拠がまだ確定していない。諸説があって、学者さんの間でも議論が分かれている。地球上の気温観測点についても疑問があり、実際は平均気温が下がっているというデータも取れるそうだ。でも、北極やグリーンランドの氷が解けているのは事実であります。

とにかく二酸化炭素を原因とすれば人間の活動のせいで温暖化していることにできるから政治の駆け引きにできる。真贋より先に炭酸ガス排出権とかいう国際政治になってしまったので、話がややこしい。日本もこんな話のちぐはぐな温暖化問題にあわててむやみに金を出すのはいかがなものか、もっとはっきりとわかってからでいいのではないかという話が、洞爺湖サミットも近いので出てきているわけです。

慰安婦問題も政治、チベット問題も政治、聖火リレーもその妨害も、捕鯨妨害も政治である。


地球温暖化論のウソとワナ 史上最悪の科学


何でもかんでも政治にするからややこしい。各人が自分のことは全部自分でやって、ちょっと余裕を他人様と世の中のために使えばいいだけのはずなんだけどねぇ。

さてそれでは、じゃあ、二酸化炭素が原因で無いのなら何だろうかとすると、地球内部の活動が活発化したのが原因ではないかと思うんですよ。

外因でなければ内因、つまり押してだめなら引いてみなというわけです。つまりゆっくりと大きな地殻変動が起きつつあるんじゃないかということです。ノアの大洪水のような話は、各国の宗教で伝えられている場合があると聞く。思うに、かなり規模の大きな地殻変動がないと、大洪水は起きないだろうと想像している。それに地球がどのような活動をしているかは、1000年かそこらの観測記録しかない今の科学では推測しにくいのではないかと、素人ながらに思うわけだ。

ではなぜ活発化していると考えたのかというと、ぶっちゃけた話、そういう教示を書いた宗教本があったことを思い出したからです。すみません、実も蓋も無くて。でもこういうのって好きなんです。

とまあ、私の空想事です。事実はもっとひねくれていることでしょうね。

2008年04月28日

信者(儲)にならずに信仰する

信仰を持ち、信仰を人に薦めながら言うのもなんなんですが、信仰に陥ってしまうとこれまた、神様にお叱りを受けるんですね。

ああ、そう、めくら信仰というやつです。

長野のトーチリレーの赤い旗を見て思うんですね。愛国無罪なんて、めくら信仰の典型ではありませんか。オウム真理教というテロ信仰カルト教団がいたことを忘れてはいけませんね。戦後の労働組合や、教育組合や学生闘争もこの典型で、その結果が今の世の中に出てきているのでしょうね。

発展と宥和、愛和のほうが信仰の主目的ですから、排除と闘争は信仰ではありません。

そんなことを考えさせてくれる、長野トーチリレーでした。

そして、なまぬるい非暴力ではなく、強烈な暴力も信仰のひとつなんですよ。長野トーチリレーの赤い旗の暴力的なこと! それを信じて仰ぐわけでしょう? あれも信仰ですね。信仰イコール非暴力なんて勘違いです。

国家政府というのは殺人も許される超暴力組織でもあるんですよ。紙幣発行の権利も持っていますから、超商業組織でもありますね。

共産かぶれは日本政府の暴力組織だけを対象にくだらないことをほざきますが、政治にきっちり統制された暴力組織を持つのが今の世界のありようなんです。いきなり無くしたって変になります。お互いに睨み合いながら暴力を使わずに、相手の暴力も自分の暴力もうまく押さえ込むのがこれからの人類の課題だと思います。現実の自然界に弱肉強食の暴力的規律も存在する以上、暴力なんてどこにもないとかまったく無くすなどとかは不可能だと知らなければなりません。

それよりも力はなくならないものと受け入れて、コントロールすることの方が大事でしょう。無軌道無規則な暴力ではなく、知識と智慧と法で、しっかりとチカラを使いこなす時代でしょう。シビリアンコントロールという奴ですか。その為に人類はスポーツや武道を発展させたと考えています。そういう意味で武道やスポーツは大事な教育と考えています。

最近はとくに中国が軍事力増強に力を入れているので、アメリカやヨーロッパは統制された攻撃力も備えているので心配ないですが、この日本では国外からの暴力を防ぐ組織をなくそうとする軟弱腰抜けが幅を利かしているので困るんです。それにつけこんだシナ中共の手下政治屋もいるようで、国民の税金で国民の未来を売り渡すキチ○イは中共に移民されてはどうですかと思うわけなんですよ。

下手な信仰は命を粗末にするだけですね。暴力か非暴力かの両極端もウソです。なんでもホドホド、適度に暴力的で、そして非暴力でないといけないんです。バランスこそが自然界のルールです。私はそう信仰しているんです。両方が混在するのが、自然な姿であり、それこそが生きるチカラの湧き出る姿だと感じています。

アウトドア&フィッシング ナチュラム

2008年04月13日

街角:チベット 憎悪の連鎖に懸念

毎日jp
街角:チベット 憎悪の連鎖に懸念
http://mainichi.jp/select/world/news/
20080413ddm007070090000c.html

 怖い、汚い、後進的。暴動が相次いだ中国四川省甘孜(かんし)チベット族自治州で、取材した漢族の多くがチベット族にこんな差別感情を抱いていた。

 省都・成都から甘孜県まで小型バスで計18時間かかる。身動きが取れないほど乗客は詰め込まれ、凸凹道を揺られながら進む過酷な道のりだ。

 バスにはチベット族14人が同乗していた。床には食べ残しが散乱し、ペットボトルに小便する男性も。みな強い体臭を放っていた。運賃109元(約1600円)。隣席の女性は「年収4000元(約6万円)」。都市部住民には耐え難いこの乗り物も、チベット住民には高額な交通手段なのだ。

 甘孜県では、食堂の漢族女性はチベット族を「ナイフを持つ習慣があって怖い。あまり入浴せず不潔」と嫌った。一方、チベット族は「漢族は後から来た民族なのに威張っている」と怒る。中国語の発音が聞き取りにくく、何度も問い直すと「国語として学ばされた言葉だから下手なのは当たり前だ」と涙目になった。

 貧困の町を高級車が横切った。裕福な漢族に仕えるチベット族の日本車だ。「15万元(約225万円)で買った」と流ちょうな中国標準語で答えた。町の横断幕は「漢族とチベット族は一つだ」と団結を呼びかける。

 中国の中核をなす漢族と少数民族チベット族の生活格差は歴然としている。漢族に迎合するチベット族は富み、そうでない人は取り残されるシステムができあがっているように思える。漢族の抱く差別感情は、そのままチベット族の「反・漢族」に通じる。憎悪の連鎖が心配だ。【西岡省二】

毎日新聞 2008年4月13日 東京朝刊


     *  *  *

このニュースで言う憎悪感は、海に囲まれ、飢えや戦国といっても、大陸のそれに比べたとき、言葉や習慣、信仰の違いがそれほど大きくなかった今の日本人の思う憎悪という感覚とは、雲泥の差があるのではなかろうか。

何より漢人の家族主義と、他人を排斥する非道さ、現れては消える王朝の圧政や搾取は徹底していて、それが歴史であっただけに、日本人的倫理観からは考え方をまったく推測できないと思う。

彼らは即物的欲求に素直で、血を見ることに何の抵抗も示さない面がある。大陸の太陽や砂漠は容赦なく生物を生きるだけのケダモノに変えるのかもしれない。砂漠や荒野で食料も水も底をつき、喉が渇けば、最初に飲むのはつれてきた馬や駱駝の血であろう。このような物理的荒野に加え、盗賊の跋扈となればその精神もすさみ、そこに生活する人々の精神の荒野とも化すのだろうか。

日本であれば喉が渇ききってどうにもならないという事態はかなり少なかったと思う。その点、同じような大陸に移り住みながら国家を開拓構築した西欧社会は、中国を日本よりも理解するのが早いのだろう。

これから日本は、そういった西欧や中国のある「世界」へ広がる時代になりました。

過去の成功はもはや役に立たないのでしょう。インターネットによりリアルタイムに情報が行きかい、ジェット機をもってすれば1日で地球を半周し、ロケットの発達によって軍事的防衛手段は高速高精密化を要求され、日本の島国としての地理的優位性も格段に効果がなくなってきています。

過去の歴史からはまったく推し量れない時代になったのです。

日本はもっと世界というものを勉強しないといけない時代になったと考えています。

2008年04月08日

新聞の偏向、私の偏向

映画「YASUKUNI」の上映取りやめの映画館が増えているというので、それをまるで国会議員の所為にしたいような記事ばかりが目に付く。

有村治子議員ですが、国家を守る仕事として文化庁の左に偏ったような助成金について質問しただけで、それは当たり前だと私は思います。YASUKUNI上映が自由であるように、国会議員がその映画を見て、その内容を検討して助成のあり方に疑問があるので質問することの何がいけないのでしょう。議員の質問内容の説明もせず、ここの映画館にかかってくる圧力を説明するばかりで、圧力の原因は国会議員にありという「ミスリード」を誘っているようで、実にサヨクのいやらしさのにじみ出る記事です。

毎日jp
「靖国」上映中止:「圧力」じわじわと 週刊誌報道、議員向け試写きっかけに
http://mainichi.jp/enta/cinema/news/
20080407ddm012040112000c.html

この国会での議事の詳細は産経iza!の阿比留記者のエントリーに詳しく載っています。

産経iza! 国を憂い、われとわが身を甘やかすの記
前編・映画「靖国」上映中止と参院内閣委での有村議員の質問
http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/529429/

とかく文化系や新聞記者には左派が多いので、国会議員やもう存在しない戦時中の軍隊を悪く書くことしかしない。

一時はそれが文学や勉学の最先端のような風潮にまでなっただけに、字を書く職業には左翼が多い。多すぎて、共産主義の毒が蔓延して、すっかり共産主義の目的である国家転覆思想侵略戦術に骨の髄まで犯されている。

現中国の独裁軍事政党は、共産主義を利用して国家を律しているのであって、共産主義に信奉しているものではない。

自分たち政権の維持に共産主義が便利だから利用しているだけだ。真に平和と繁栄を願う人なら、恐怖に打ち勝って必ず共産主義を抜け出す。なぜなら、文字をどれだけ書いても、それだけでは自然の中で家族を養い、子供を育てて次世代を育てることは不可能だからだ。

物質的な裕福さは、物質的な力関係を知った上で成り立つものだ。刀や包丁なくしておいしい牛肉を食べることはできない。文字ばかりを書いていては、ニワトリ一匹絞めて料理することもできまい。無理にやれとは言わない。だが、それを忘れないで欲しいと思う。生命の相対的な関係を無視して生命は成り立たない。左翼思想のむなしさをそこに感じる。OKなら生きる、ダメなら死ぬ(または殺す)かの二元論で思考をストップさせるのが左翼思想だからだ。それでは生命は活動できない。

論理や理想で生命は養えない。その点、中国は生きるために人間をも食ってきた事実があるのだ。共産主義よ理想よと彼らもお題目を唱えるが、根本でそれはまったく当てにならないことをとっくに悟っている。

とにかく、彼らは生きることに貪欲だ。それにくらべて日本の教育やテレビ、新聞のニュース、はては総理大臣にいたるまでどうだ。「お友達の嫌がることはしない」と来たもんだ。お友達は毎回豪華な食事を出さなきゃ嫌だとおっしゃってるから出すそうだ。で、自分は何も食わないのかと思ったら、同じ豪華な食事を食べるそうだ。その食事のための材料やオカネは全部、日本に私たちの財布から出たものではないか。それを正当化するためにネガティブな話ばかりを世間に吹聴するメディアはどっか行け。

その分、中国製でお金を儲けてるって? そのことと日本の誇りや歴史を悪し様に言うばかりか、YASUKUNIのような映画を助成したり、中共が嫌がるからというトンチンカンな理屈で日本の本当の歴史を子供に教えなかったり、首相の靖国神社参拝などははまったく関係ないどころか、講和条約で完了した戦後補償の蒸し返して来たりとか、日本の長い歴史を紡いできたアイデンティティーに文句を付けられているのだから日本は怒るのが普通だろう。日本は中国の奴隷ではない。対等な国家だ。その辺はヨーロッパを見習って欲しい。

また、中国国民の生き様の壮絶さはワイルドスワンという本にもなっている。

日本での昨今の子供や、ついこの前タクシー強盗で運転手を刺し殺したアメリカ兵もいたが、言ったことはどうだったか。「誰でもいいから殺せと言われた」と言っているではないか。世間の大きな音の中に殺人衝動にかられる「オト」が含まれているんだ。生命を否定する風潮が、以前よく言われたところの「空気」が醸成されていないか?

私たち自身の気の持ちようが世間や子供たちに作用しています。生命を守り育てる。そのことを他人任せにするのではなく、自らの手で実現しようという気概を一人一人が発揮することこそ、たった今求められていることではないかと、私は考えているのです。



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ワイルド・スワン 上
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2008年03月17日

チベット暴動

YOMIURI ONLINE
チベット族の抗議行動、自治区隣接の四川省でも
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20080316-OYT1T00571.htm

「目撃」邦人学生、生々しく語るチベット暴動
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20080316-OYT1T00576.htm

ダライ・ラマ14世が会見、チベット暴動で国際調査を
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20080316-OYT1T00418.htm

チベット暴動関与者への中国側の捜査が本格化
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20080316-OYT1T00444.htm

甘粛省、厳戒下の“シャッター街”に投石跡
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20080316-OYT1T00446.htm

インド・ダラムサラで亡命チベット人が「団結」の集会
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20080316-OYT1T00411.htm

米国務長官、チベット暴動で中国政府に「自制」求める
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20080316-OYT1T00398.htm

中日新聞 CHUNICHI Web
四川省で8人射殺か チベット暴動拡大 ラサの死者『80人』に  2008年3月17日 09時12分
http://www.chunichi.co.jp/s/article/
2008031790070858.html

今朝もニュースが続いていますが、読売のホームページをチェックしてみたら、中国側が行ったこれまでの迫害と弾圧、中共政府がたったいま行っている威嚇発砲等に関する部分がまったく欠如している。この記事を始めて見た人のイメージが固定しないよう、チベットが受けた迫害に関する報道もあることを知らせるべきだ。中共側の報道を大きく扱ってほしくない。

産経新聞 IZAブログ
北京趣聞博客 (ぺきんこねたぶろぐ)
情報統制を超えて漏れ聞こえるラサの悲鳴をきけ! 2008/03/17 04:19
http://fukushimak.iza.ne.jp/blog/entry/513692

上の産経新聞の福島記者のブログにたった今この危機の只中にいる人たちのレポートがある。中共側の報道するダライラマの陰謀説が荒唐無稽でありプロパガンダに見えるとレポートしてくれている。これまでの経過も簡潔に紹介し、素直な感想を書いている。

たった今、この現実を知り、思考を整えておくのは私たち大人の役目です。そうして、世界には何があって、どういうものであるかを、子供たちにできるだけ間違いなく伝え、グローバルになりつつある世界の中で、しっかりと生き抜き、そしてまた子孫を残していけるように、なってほしいと願っています。

私が最近感じることは、もう46歳という年齢もあるのでしょうけれども、生きるというのは、常に命がけなんだということなのです。会社で仕事をするという、一見これほど安全なことはないようですが、そんな中にもじつは、全ての人類に完全平等に、「死」は「生」と隣り合っているなと、感じるのです。今のチベットのような惨劇が日本に起きないという保障はまったくありません。将来も続く今の安全は、私たち自身の生きる努力以外に勝ち取る術はありません。

常に視野を広くもち、将来のために中心において大事にすべきものはなんであるかを、間違えたくないと私は願うのです。

2008年03月12日

コラム紹介

日経BP BP-Net
SAFETY JAPAN コラム
“外交弱小国”日本の安全保障を考える ~ワシントンからの報告~
第70回 急膨張する中国の軍事力に正面から向き合え!
国際問題評論家 古森 義久氏
2008年3月11日
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/i/70/

こちらの「国際問題評論家 古森 義久氏」は確か産経新聞のワシントン支局の方のはずだ。ベトナム戦争の取材を経験され、現在のアメリカ共和党大統領候補のマケイン氏を何度か取材されたこともあると聞く。巷のテレビや新聞はヒラリーだオバマだという話ばかりであるが、左傾化著しい報道機関だから、大局が見えない報道ばかりで何のツッパリにもならないというのは、変わりはない。

さて、このアメリカ国防総省の中国の軍事力報告書も、日本でマスメディアから全国に流れることはめったにないが、毒ギョーザはだんまり作戦を決め込んだらしいお隣のchinaの今を、別の視点から観察できる貴重なコラムです。

福田首相や議員さんの国会の動きを見ていて感じることは、世界は日本人が満たしているのではないのになにを呑気な議会を続けているんだとあきれます。日本人など地球上のほんの数パーセントの存在であり、暴力戦争に明け暮れる国、殺人が横行する国がまだまだ地球上にあることを理解し、暴力に対抗して威嚇する手段を持たなければ、今の平和どころか、日本民族滅亡の可能性も十分ありうることを理解しないといけない。そんなことは全世界の国々、もちろん中国の国家首脳部でも常識として扱われている以上、アメリカの軍事力でカバーしてもらっている弱小ニッポンなどは理解していて当然であるのに、テレビの前の日本の首脳陣は高級なスーツを着て偉そうに何を悠々としているのか。というのが私の正直な感想です。スーツに似合う仕事をしろと愚痴をこぼさせてもらいます。

初めは私も今の福田首相と同じで、この手の話は他人事だったんです。国家も外交も私のあずかり知らないところで動くという事実に、斜めに構えて偉そうに不満をたれておれば生きていけると思っていた。ところが去年の慰安婦決議とアメリカと日本で同時に起きた安倍首相バッシングに驚きました。その後の状況を追いかけたとき、私たち国民の選挙結果や政治を見る目が、どれほどに国政を動かし進め、いかに私たちの生活を直撃するかという現実を知るにいたり、平和は他人任せでは絶対に手に入らない。自らに平和を希求する努力を積み上げてこそ為しうるものだと知ることができました。

それでこんなことを書いて何が変わるのかなどとすれた話をするつもりもありません。行動をおこしていることが重要なんです。その為の知識の1つがこの古森さんのコラムです。私に今できることはしっかりと会社の仕事をこなし、こうやってエントリーを書き、子供たちの成長に少しでも役立つ肥やしになれるように願うばかりなのです。それを手伝ってくれる家内にも少しでも楽な老後を迎えさせてやりたいだけです。ス直で純粋であろうと思っています。ス直と純粋というのは、何も知らず無知なことではありませんし、ひとつの思想に偏って他の思想を叩くことでもありません。あらゆる智慧と知識に触れ、吸収消化して、現実に負けることなく人類根源の平和を希求する理想実現のための一手一手の行動を積み上げて効果と結果を検証しては、また智慧を絞って日々新しくあらたな実践を積み上げることです。何年も同じことを繰り返しながら、その同じことは少しずつ変わっていくのです。

新たな智慧としての左翼思想であったものが、闘争を第一にして他思想の根絶を目的としために固形化することはなはだしく、最後は破滅を招くものとなりはてました。左傾思想の恐怖は知識を飲むのではなく飲まれることを甘美とする所にあります。自分がなぜ生きているのか、思想に埋没できるのは誰のおかげかなどを考えることを拒否するのが共産主義思想の根源であるし、ロシアも中国政府の中央部もそんな共産主義の悪業(アクゴウ)を知っていますし、それを利用すらしているのです。

さて、堅苦しい話ばかりも程ほどにしましょう。たまには程ほどに羽目をはずすのもその為であれば良いのです。だから、なんでも程ほどが良いんです。

そんなこんなで結局、今の仕事をきっちりこなし、程ほどにこうやって文書を書いて思想を鍛えて磨き、家族の顔を見て喜び笑い、子供たちに食べていく術と、世間にある現実を教えていくることが、当面の私の生きるということのようです。

さ、今日も元気に生きるとしましょう。

今このように生きられることを感謝できるというのは、本当にありがたいことです。


Sony Style(ソニースタイル)


2008年03月08日

ヒトとケダモノは違っているのがあたりまえ

ニュースやメルマガを読んでふと思ったのだけれども、どうも日本国政治家が朝鮮人民化、中国人民化しているような気がしてきた。利己中心、物欲主体のケダモノ精神じゃ、その親玉のchinaの言いなりになるのはあたりまえ。

それで、これを反面教師としてちょっと考えてみた。

思うことは、みんながやっているから大丈夫という時代は終わっているということだ。他の生命や他人に頼るばかりでどうする。なぜもっと自分は何をできるかを考えないのだろうか?

人はこの地上世界に秩序と繁栄平和をもたらすために大自然によって生みだされたんだ。だからどんなケダモノにもない知恵を持ち、それを使うための言葉を持つ。それは私たちがつくって編み出したのではなく、大自然からの要請により、その大自然との同調によって研鑽修練されて生み出されてきたものだ。智慧は人のためだけのものではない。

われらはケダモノになるために生まれてきたのではない。自然界に人間のような存在が他にないのは、人をして自然界たるこの地球を恒久平和発展させるために生まれてきたのだ。

ケダモノがしないから我等もしなくても良いのではない。

ケダモノに出来ない事をするために我等ヒトがあるのだ。

それをしない、しようとしない人間に自然は明日を与えてくれると思うか?

最近の私は、そう思うようになっている。


デポ新生活特集(大)


2008年02月12日

そういえば長浜盆梅展

昨日の写真を整理して思い出したんですが、先週の日曜日には父の盆梅が咲いておりました。

bonbai200802A.jpg

そういえば何年か前に滋賀県長浜の盆梅展を見に行ったことがあります。といっても、会社の旅行でしたっけ。でも、盆梅といいながらまるで梅の木が一本丸ごと大きなお盆に入っているようなものもあって、圧巻に思ったことを憶えています。

Bonbai200802B.jpg

祖父譲りの父の盆梅です。なので盆栽も含め、よく祖父が手入れをしていた景色が私の頭の中に残っています。長浜の盆梅をまた見たいなんて爺くさいこと考えるのはそのせいかなどと祖父に責任を押し付けながらも、本当に行く気がわいてきてしまいました。黒壁もいいところですしね。

2008年01月25日

どげんかせんといかん!

YOMIURI ONLINE 九州発で東国原知事のキャラクターシールの使用問題が出ているという記事がありました。一部の商品に産地偽装があったそうで、継続するか、管理強化するか、廃止するかと協議するそうです。

YOMIURI ONLINE 九州発
東国原知事イラスト、どげんかせんといかん!
http://kyushu.yomiuri.co.jp/news/ne_08012503.htm

商品価値の一部として産地が利用するのは当然で、なんら悪いことではありません。個人的には偽装の悪意を決めようとしても突き詰めてはちんぷんかんぷんになるだけと思っています。原材料は全て外国産なのに、ただ単に商品を製造出荷した場所が有名所というだけで国産ブランドにしている例はそこらじゅうにあるはずです。この手の話は程ほどがいいんではないでしょうか。行き過ぎた拝金主義を制止するつもりぐらいでやめるのがいいと思います。

東国原知事に共感するところはいっぱいあります。だから、産地偽装ぐらいで地元産業お越しに使うパワーをくだらない内部監査に使わず、その偽装した人に東国原知事の情熱を理解してもらい、嘘をついてはどげんもならんようになる。どげんするかは県民一人ひとりの肩にかかっているという情熱を持ってもらうことにパワーをかけられてはどうかと思います。

だから、偽装をした人にも、うっとうしいぐらいに前向きの情熱をそそいで反省させる方が、将来に向けて発展できると思う。操業停止の罰は受けてもらうが、また建設的なアイデアも出してもらえるように話しておく方がいいと思う。

そして、わが地元大阪。東国原知事のような情熱を府民から引き出すことができるでしょうか。

知事選投票日は1月27日。さて、どうなりますか。

当選が誰かより、投票後の方が大事ですよねぇ。

OsakafuTijiSenLogo.PNG

2008年01月24日

アジア株暴落で思うこと

私は株のことも政治のこともロクに知らない門外漢ではあるが、それでも昨今のテレビラジオでの株安報道から来る雰囲気に嫌気がさす。日本国内だけに意識を限定せずに、もう少し物事を考えられるニュースはないものかしらんと思う。日本の最近の株価の値下がりはただ外国人の売りが先行しているからで、ニュースから受けるへんな雰囲気と気弱な状況はどこにもないはずだ。

それより NBOnline のニュースの方が面白い。

NBOnline
アジア株暴落、火に油注いだ中国
中国頼みの“デカップリング理論”が吹き飛ぶ
2008年1月23日 水曜日

まぁね、色々な人がchinaの現地に入って肌で感じた話よりも、おべんちゃらや袖の下に血道を上げる中国官僚やマスメディアの老獪にしか耳を貸さない国会議員には国民の気持ちなんてわかりませんて。

そんなこんなで、ぼーーーーーーーーッと気の抜けた政策してるから外国から見捨てられるんだよ。カネだけ出してろニッポンジン!てなアメリカ民主党に舐められたことばかりいわれるんだ。

YOMIURI ONLINE 「日米関係極めて重要」とクリントン氏、中国偏重懸念で

この話だってアメリカ民主党の貴重な収入